ヴェンダース監督はありのままの私を受け入れてくれた|中野有紗(俳優/モデル)

映画『PERFECT DAYS』でニコを演じた中野有紗さん。彼女の挑戦は始まったばかりだ。
  • Photograph:Takeshi Abe
  • Hair and Makeup:NORI
  • Text:HERENESS

東京に暮らすトイレ清掃員の日常を描いたヴィム・ヴェンダース監督による『PERFECT DAYS』。シンプルな暮らしの中に、普遍的な喜びを見出すこの映画は、公開以来多くの人の心をとらえている。この『PERFECT DAYS』の中で、主人公平山の姪であるニコを演じたのが中野有紗さんだ。映画の中では淡々とした日常を送る平山の生活に小さな波紋を起こす重要な役割だった。ハッとさせられる彼女の登場と静かだけれど存在感のある佇まいに多くの観客が魅了されたのではないだろうか。この作品が初めての演技だったという中野さんにヴェンダース監督は「そのままの君でいいんだよ」と伝え、“あるが まま”の彼女を受け入れてくれたという。


今回の撮影のロケーションに選んだのは、隅田川に架かる桜橋。映画
『PERFECT DAYS』の中で繰り返し登場する印象的な場所だ。中野有紗さんがこの場所を訪れるのは一昨年の映画撮影時以来だという。

また同じ場所に来て撮影のことを思い出して嬉しかったです。今日は天気も良かったので、すごく光が綺麗で癒される気持ちにもなりました」

 

この春に高校を卒業するという中野さんだが、大人ばかりのスタッフの中でも朗らかにコミュニケーションを取りながら自然に現場に馴染んでいく。けれどカメラの前に立つと芯の強さを伴った美しさが、彼女の内面から浮き上がってくる。

ありのままの私を受け入れてくれた

そんな中野さんにとって、初めての演技の機会となったのがヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』だった。作品との出合いを彼女は、こう振り返る。

「脚本を読んだ時は人の心にフォーカスして淡々とした日常を描いているけれど、映像化した時にすごく美しい作品になるんだろうなっていうのを感じていました。役を頂いて嬉しかったという気持ちもありましたが、演技は初めてだし責任を感じてちょっと怖いという気持ちもありましたね。でも実感が湧かなかったり、すごく色んな気持ちが混ざっていて、なんだか心は忙しかったです(笑)

ヴェンダース監督と初めてお会いしたのは撮影が始まる前の衣装合わせの時でした。その時に“君の演じるニコという役は、この作品にとってもすごく重要な人物なんだよ”と言ってくださって、そこでこの役に対する気持ちがより深まりました。

本当に初めての演技で、何が正解なのかもわからないままだったんですけど、監督が“そのままでいいよ”と、ありのままの私を受け入れてくれた感じで撮影が進んでいきました。私も役に対しては真剣に取り組む姿勢だったんですけど、変に作り込むこともなく、ありのままの私がそのままニコっていう役になる、そういうちょっと不思議な感覚でもありましたね」

俳優その人と映画の登場人物は、当たり前だが同一ではない。だが同時にその境界はきっとグラデーションになっていて、どこかで明確に分けられるものでもないのかもしれない。特に最初の演技に臨む俳優にとって、自分と役との距離は案外近くなるのではないか。ヴェンダース監督は中野有紗という少女の一瞬をつかまえて、ニコというキャラクターとして映画に定着させた。

理解して表現する

もちろんそれは、中野さんが役作りをしなかったという訳ではない。元々昔の映画が好きだった彼女は、ヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎の映画もたくさん観て研究を重ねたそうだ。

「まず王道の『東京物語』から観て、家族間の感情だとか人間模様ってこういうふうに描かれるんだって知って、すごく面白いなと思ったので、それから『晩春』、『秋刀魚の味』、『お早よう』など、色々観ました。昔の映画は今では作れないような内容や言葉が出てきたりするのが面白さのひとつだなと思います。それに小津作品だったらカメラワーク。畳にみんなが座る目線のちょっと独特なローアングルがあったり。

なによりも日本人ならではの感情の動きというか、人の心がすごく丁寧に繊細に描かれていて、それもこの『PERFECT DAYS』と類似しているなと思うんです。やっぱり人がワッと驚くようなインパクトのあるシーンが出てくるわけでもないけど、淡々としている映像が流れていて、それを見ることによって心地が良くなる。ちょっと心が洗われるような、なんていうんだろう、しっとりするような、なにかそういう感情が昔の作品にはすごくたくさん溢れていると思うので、勉強の意味でも趣味としても昔の映画を観るようになっています」

作品を観て学ぶこと、また自分が撮られることを通して、彼女の中で表現をすることの喜びが広がっている。同時にプロフェッショナルとして表現する、ということにも自覚的だ。

「モデルのお仕事も映画のお仕事も、自分のためのものではなくて。作品であったら、監督が伝えたいものを私が表現して観てくださる方々に伝えなきゃいけない。自分中心じゃなくて、この作品は何を伝えたいのか、カメラマンさんや監督は何をどう表現して伝えたいのか、ちゃんと理解しなきゃいけない。そう考えるようになりました」 

挑戦を続けたい

高い身長がコンプレックスだったという中野さんは、自分が嫌だと思う部分を強みに変えようとモデルの仕事を始めたという。それから世界的な監督のもとで俳優としてのキャリアもスタート。多くの可能性を秘めた彼女にとっての“あるが まま”を尋ねてみた。

「私自身がまだどんな人間なのかちょっとわかっていない感じなんですね。でも無理に自分を見つけようとしないで、例えばその時出合った人であったり、物であったり、風景ひとつひとつに丁寧に感謝しながら接し合って、真っ直ぐ前を向いて丁寧に過ごしていけば、自ずと自分というものが見つかってくるのかなって思ってます」

こんな言葉から中野さんの着実な未来を感じることができる。焦ることなく穏やかで、目の前のものごとと真摯に向き合う。そんな彼女に今回着用した〈SMOOTH WOOL T-SHIRT〉ついても聞いてみる。

「まず、Tシャツを手にした時にはすごくしっとりした感じで、着用した時には本当に着ていないくらい軽くてすごくびっくりしました。首周りや袖周りもストレッチが効いてて、着心地もすごく良かったです。それにいろんな色のバリエーションがあるじゃないですか。ウールって1年中着られるので、自分のその日の気分だとか好みによってチョイスして着ることができてすごいいいなって思いました」

どこまでも素直で、周囲の刺激を柔らかく受け止めながら成長しているように見える中野有紗さん。これからの彼女に期待しないわけにはいかないが、彼女自身はこれからのことをどう捉えているのだろう。

「そうですね。これをやりたいってあんまり決めないタイプではあるんですけど、映画とかドラマだったらもちろん全身で表現すると思うんですけど、例えば声だけのお仕事とかにも興味があります。小さい時に物語を書くのが好きだったので、ゆくゆくはそういうものを書いてみたり、絵を描いてみたり本当に幅広い分野で、いろんなことに挑戦していきたいです」

〈着用アイテム〉
モデル身長:170cm
SMOOTH WOOL T-SHIRT(UNISEX) Size:S
UNDERCURRENT JACKET Size:S
UNDERCURRENT PANTS Size:S